山津見神社例大祭で「虎捕太鼓」を奉納しました。

「協働プロジェクト学修」飯舘村でのサロン活動と伝統文化継承の支援

 「協働プロジェクト学修」飯舘村でのサロン活動と伝統文化継承の支援班では、昨年より飯舘村の住民の皆さんとともに虎捕太鼓の演奏練習に励んでまいりました。
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 12月4日から6日の三日間にかけて開催された山津見神社例大祭で、学生たちは飯舘村の皆さんへの感謝の気持ちを胸に口上を述べたあと、住民の皆さんとともに大山津見神へ虎捕太鼓を奉納しました。

 学生を交えた虎捕太鼓の勇壮な演奏は多くの参拝者に深い感動を与え、2011年の東日本大震災・原子力災害や2013年の拝殿火災を乗り越えて復活した山津見神社例大祭を華々しく彩りました。


- 山津見神社例大祭 虎捕太鼓奉納口上 全文 -

 私たちは「佐須虎捕太鼓・福大虎捕の和」です。福島大学の「協働プロジェクト学修」という授業で「飯舘村でのサロン活動と、伝統文化継承の支援」というプロジェクトを選びました。「福大虎捕の和」という名前の由来ですが、平和の「和」という漢字には、穏やか、のどかという意味に加えて、合わせる、合う、整うといった意味があります。のどかな自然が広がる佐須地区に伝わる虎捕太鼓を、福島大学生や佐須地区の皆さんとともに、調和した音楽を奏でたいという願いを込めました。

 今から虎捕太鼓を奉納させていただきますが、その前に少し虎捕太鼓について紹介いたします。この虎捕太鼓は、ここ山津見神社に伝わる「虎捕伝説」を由来にしています。時代は平安時代まで遡ります。このあたりの地域で悪さをしていた悪党・橘墨虎を捕まえるため、人々は武将の源頼義に退治をお願いしました。源頼義は橘墨虎の捕獲に苦戦していましたが、ある夜、夢に山の神が現れ、「白い狼の足跡を追え」と告げられました。翌朝、雪の上に続く足跡を追ったところ、山の洞穴に隠れている墨虎を見つけ捕らえることができました。墨虎を捕まえたことから「虎捕(とらとり)」、墨虎を刺し殺したことから、この地域は「佐須(さす)」と呼ばれるようになったと言われています。 

 かつての佐須には「三匹獅子舞」という民俗芸能がありました。佐須の三匹獅子舞を山津見神社に奉納すると凶作が続いたことから、三匹獅子舞の伝統が途絶えてしまった歴史があります。1998年、そのような佐須の歴史を繋ぐかのように虎捕太鼓は誕生しました。佐須を盛り上げ、生涯学習として地域の活性化を図るための、1つのアイデアだったと聞いています。最初のメンバーは男女混合で、多いときは20名ほどのメンバーがいましたが、世代交代に伴って女性と子どもが守り繋いできました。2011年の全村避難により、避難先での練習場所の確保や佐須に通って練習することが難しくなり、虎捕太鼓は休眠、あるいは解散状態に陥っていました。昨年、佐須地区のサロンで虎捕太鼓の話を聞き、その9月から私たち大学生と住民の皆さんで太鼓の練習を始めました。今年からは地域おこし協力隊の方も一緒に練習をしていて、今日も一緒に演奏していただきます。

 次に、本日奉納する曲について説明いたします。最初に演奏します「響」という曲が、虎捕伝説が由来となった曲です。前半は、橘墨虎を捕まえるために、忍び足で迫る様子。後半は、墨虎を捕まえてみんなで喜んでいる様子です。次に演奏するのが「こだま」という曲です。大きな太鼓と小さな太鼓の掛け合いが、やまびこのようにこだますることから名づけられました。

 飯舘村の皆さんは私たちをあたたかく迎えてくださり、本当に嬉しかったです。私も和太鼓初心者ですが、住民の皆さんに楽しく教えていただいたおかげで、本日奉納させていただくまでに成長しました。今日は、住民の皆さんと一緒に叩く気持ちで、精一杯奉納いたします。